特集・連載

書いた人:渡邉 優太

2022.01.29

LIFE story No.4「心を整える」

LIFE story No.4
「心を整える」

大きな桜の木が庭にある川の畔の穏やかな里山風景の中に、和紙アトリエ十指作(Toshisaku)の住まい兼工房はある。よく晴れた日の午前中、薪窯の火加減を確認しながら庭のベンチで静かに腰を掛け迎えてくれた。

庭や住まいには造形アーティストだったご主人の作品や、ご自身の作品がさりげなく佇む。

窯の中には和紙の原料である楮(コウゾ)の皮が入っていた。皮だけを煮て柔らかくし、繊維質になるようにしながら灰汁抜きをする工程だ。楮の芯も薪棚に並び、焚きつけに使う。

飯能のこの長閑な里山風景を気に入り、加茂孝子さんは飯能に拠点を移し、30年以上活躍する和紙造形アーティスト。

飯能にほど近い小川町で和紙を学び、和紙漉きを生業とし、その素材特性を活かした空間演出や造形作品を手掛けている。

「小川といえば和紙」と言われるほど有名な小川和紙。中でも楮だけを使用した「細川紙」の製造技術は、国から「重要無形文化財」の指定を受けている。

和紙の歴史をより詳しく知るために、加茂さんに小川町を案内してもらい、和紙の工房や組合を見学させてもらった。昔から変わらない和紙づくりの風景は、一つひとつの工程に穏やかな時間の流れを感じた。

いろいろな種類の和紙を説明してくれた協同組合の番頭さん。これはセキネさんが漉いて持ってきた和紙だね、これはウチムラさん。人の顔と手が見える和紙は、当時やり取りした記憶も蘇る。

住まいに戻り家の中に入ると、外観の造りからは思いもよらなかった鉄骨構造剥き出しの広い土間があり、外ともつかず中ともつかない中間領域のそこがアトリエだ。

一人で全ての工程が無理なく、無駄なくできるような工夫が施され、そこには流れるような美しい和紙づくりの作業風景があった。

今までは家で楮を育て、使う分の枝を採って和紙づくりをしていたが、去年の台風で木が全部だめになってしまった。

黒い皮、白い皮の間に甘皮がある。時間をかけて黒皮をナイフで削っていく。甘皮の削る塩梅で和紙の仕上がりに影響がでる(チリが入る)という。

煮た楮はさらに水に浸け、濁った水を交換しながら、色を抜いていく。全ての工程が手作業で行われ、一本一本目で見て手の感覚で不純物(チリ)に触れ、取り除いていく気が遠くなる作業。

原料の楮(コウゾ)から、素材(和紙)へと生まれ変わるまでの地道な作業は、想像を遥かに超えるものだった。

取材の申し入れをさせてもらったときに、いろいろと考えを巡らせていただき、全ての工程が一日で見られるように当日に向け段取りしてくれた。

そんな作業を加茂さんは「慣れると楽しい。無心になれて心が整う」と話す。楮の繊維を叩いてほぐす作業も、淡々とリズミカルに無心で作業を続けていた。

叩き加減でも仕上がりの表情が様々で、つくりたい作品に合わせて加減する。一つひとつの作業が無駄な動きが一切なく、作業の導線も完璧だ。

そのあと桶で繊維をほぐし、和紙をつくるための下準備が完了した。ようやくここからが一般的に和紙づくりで想像する手漉き(流し漉き)が始まる。

紙を漉いているときの、たぷったぷっと水の音のリズムも心を整えてくれる。何度か繰り返していくうちに、溜まった白が濃くなって、その雰囲気で厚みを読む。

今は簡単にモノが買えてしまう時代、原料から和紙を造る理由を「紙になる前の状態から、創作のイメージが広がる」と加茂さんは話してくれた。

手作業でないとできない部分が多い和紙づくり。「そのぶん職人的な動作が重要。どこまで丁寧にやったかによって最終的な結果に出る。それが手作業の醍醐味」だと。

舞台演出や個展のほか、創作和紙を若い方が部屋に飾ってくれることがうれしいと、飯能にあるシェアアトリエ「AKAI Factory」にも所属する。小物制作なども手掛けるようになり、工房兼ショップ、オンラインショップなどでも作品の購入が可能だ。

去年から加茂さんとコラボレーションしている風鈴づくり。今年も打ち合わせを始め、梅雨時ごろには、REFACTORY antiquesで紹介できるように準備を進めている。

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記事を書いた人:
渡邉 優太

ユニバーサルデザインに関心を持ち、大学では工業デザイン、人間工学を学ぶ。卒業後〈ザ・コンランショップ〉に入社。植物やガーデンファーニチャーの担当に。その後、いくつかの仕事を経て独立。飯能市に『REFACTORY antiques』をOPEN。国内外で買い付けた古い家具を修理して販売し、個人宅のリフォーム、店舗の空間演出も手がける。

  • REFACTORY antiques 店主

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