ちょこんちょこんと波打つハリネ…
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特集・連載
AKAI Factoryオープン当初からの入居者のひとり、ジュエリーを手がけるDesert Roseの宮部太陽さん。
高身長に髪もヒゲも三つ編みという、ちょっぴり近寄りがたい雰囲気の太陽さんですが、その人柄も作品も細やかさと優しさにあふれています。
物語とともに生まれる、緻密な世界
ジュエリーをつくるには、実に様々な工程があります。デザインから始まり、金属の切り出しや鋳造、石留め、細工、ロウ付け、研磨など。太陽さんは、そのほぼ全てを自身で一貫して担当します。
あまり機械に頼らず「切る、削る、曲げる、くっつける」と、体を使ってつくる伝統技術を多く用いて、金属と石たちに命を吹き込んでいます。
2年前から構想があったというペンダントの作品「深涙(みる)」でも、太陽さんの緻密な手仕事を見ることができます。
銀をベースに、青い部分はラピスラズリ、人魚は金、泡の部分はダイヤとマザーオブパールと呼ばれるシェルで構成されています。
あぶく部分のひとつは小さなダイヤを散りばめるようにはめ込み、周りの銀を立ち上がらせる「彫りどめ」という技術で表現。全体を縁取る小さな粒も「ミル打ち(ミルグレイン)」という手法で一粒ずつ打ち込んでいます。
素材の組み合わせや装飾が美しいだけではありません。
人魚姫が自分なりの愛を貫き、深い海の底で泡となって消えていく。見る人をその儚い世界へ引き込むかのように、小さなジュエリーの中にストーリーが息づいています。
金属の細工に使うのは、歯科治療で使われるような先の尖った道具。そのため、歯医者さんでの施術中には先生の腕の良し悪しがわかってしまうそうです。スリリングですね。
「世界でひとつ」に応える
主にオーダーメイドで作品を販売しているDesert Roseは、これまで少なくとも1,500件以上のオーダーを形にしてきたそう。
なかでも、マリッジリングやエンゲージリングが人気です。いったいどのようなお客さんから注文が入るのでしょうか?
「ふつうは売っていない、変わったものを探し回って、見つからなかったり断られたりして困った人がよく来ます」と太陽さん。
結婚指輪と言えば同じような素材、デザインのペアリングが一般的ですが、太陽さんのところには「その役割を持たせた別のもの」を求めるカップルが訪れます。
たとえば、一方は指輪がいいけれど、もう一方はペンダントやブレスレットがいい場合など。それぞれの好みの形でデザインの相互性がとれているものをつくります。
そんなのモチーフにする? と思うようなジュエリーを望む人も。先日も、依頼者の推しYouTuberをイメージした指輪が完成したばかり。
デザイナ案には「(スパゲッティ)ナポリタン感を」など、よもやジュエリーでは聞かないであろうワードが。
このように太陽さんのもとには、変わった注文が舞い込んできます。自分だけのオンリーワンがほしい人の最後の砦のようです。
突然やってきた天職との出会い
「その人がほしいものに、自分の技術で応えられたらいいな、とやっているうちにいろいろできるようになりました」という太陽さんが、ジュエリーをつくるようになったのは、今から20年ほど前。
幼少期から八丈島で暮らしていた太陽さんですが、中学校での人間関係が合わずドロップアウト。代わりに障害者支援施設へボランティアに行っていたそうです。
そのときに出会ったのが、施設へ働きに来ていた飯能の自由の森学園(自森)の卒業生でした。君にぴったりの学校がある、と自森をすすめられて飯能へ。
当時の飯能の印象をお聞きすると「すごい都会だと思いました(笑)。ミスドもあるし、やったー!って」
自森でものづくりに目覚めたのかと思いきや、そこではバンド活動一筋だったという太陽さん。
ジュエリー製作のスタートは、卒業後しばらく経ったころ。同級生のお母さんがお店を始めるという話がきっかけでした。
のちにDesert Roseの店長となる、そのお母さんが「ジュエリーはあまり物を無駄にしない」ということを教えてくれます。
「食品や洋服は売れ残ったら無駄になってしまうことがあるけど、ジュエリーはつくり変えることができる、と。確かに!と思いました」
試しに製作してみたところ、腕前がよかった太陽さん。東急ハンズで2,000円くらいの入門書を1冊買ってきます。土台はそれだけ。
最低限の道具を揃え、本に載っていた基本的な技術を駆使しながら、製作を始めます。そうして、吉祥寺のお店でジュエリーをつくり続けること、15年あまり。
「自分の城があって楽しかったのですが、経営を成り立たせるので精一杯。忙しいときは3日で1作品つくったり…。その頃はかなりハードでしたね(笑)。もっと自分がつくりたいものをつくる時間もとれたらいいなと。それでAKAI Factoryへの入居を決めました」
大人になってから飯能に思うこと
ものづくり仲間が集うAKAI Factoryは「安心感と刺激をもらえる」と太陽さんは言います。
それでも生きてる人がいる、とお互いに思える。仲間がいることで、あまり間違ったことをせずに済んでいると。
「飯能はクリエイターや変な活動をしている人がたくさんいるし、それを受け入れてくれる土地でもある。よそ者扱いをしない、気さくな人が多いなと大人になって気がつきました。居心地はいいですね」
最近では、市内の自然豊かな場所に借りた家のリノベーションを楽しんでいる太陽さん。10年以上前からやりたかったという、畑づくりにも挑戦しています。
自然に向き合う暮らしは、太陽さんの作品にどのように影響していくのでしょうか。
想いをつなぐ、形にする
大手では、ほとんど分業化されているというジュエリー業界で「小さいからできること」をとても大切にしています。
デザインから完成までを全て預かってくれる、Desert Rose。依頼者の想いは、太陽さんの手によってジュエリーという形となり、またその人の人生の一部となっていくのです。
Desert Roseでは、オーダーメイドはもちろん、手持ちのジュエリーのリメイクもしてくれます。古いアクセサリーが眠っていたら、ぜひご相談を。
大切な思い出と新たなストーリーを、太陽さんならきっと紡いでくれます。
写真:赤井 恒平
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記事を書いた人:
清水 麻由
飯能周辺のイベントに出没しては、消しゴムはんこなどを彫る人。造形屋。自由人の夫&息子とゆるくて愉快な飯能ライフを送っています(飯能市内で広いおうち探してます)。
- アート・クラフト屋イワオカフェ
- くらしの修繕センター・イワオヤ
- ウッドターニング(木工旋盤)修行中
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