特集・連載

ライター:川鍋 友宏

2021.07.16

32歳のニュータウン(第0回)プロローグ

32歳のニュータウン
(第0回)プロローグ

都内から飯能に転居して、13年が経った。当時は都内勤務だったこともあり「移住」なんて大げさな気持ちはなくて単に「引っ越し」だと思っていたけれど、2021年の今、家に居ることが多くなり(いや、多くなり、なんてもんじゃなくて実はほとんど毎日在宅なんだけど)ああ、僕は「移住」したんだな。と思いを新たにしている。

ぼくら一家は美杉台という場所に住んでいる。飯能駅南口から西武バスに乗って10分ほど、駅からの高低差は約70mの高台で、もし自転車で上がってこようとすれば、ひと苦労する高さの場所につくられた、いわゆるニュータウン。国土地理院のサイトで年代ごと写真地図を見比べるとわかる通り、もともとは山だった場所を造成してつくられた街だ。

将来の美杉台になるあたり、1979〜1983年の航空写真

造成中の美杉台周辺、1984〜1986年の航空写真

美杉台周辺、2007年の航空写真

ここに街がつくられた当時の資料がインターネット上に残っている。「飯能・ビッグヒルズ まちづくり読本」という冊子をスキャンした、時代を感じさせるPDFファイルだ。そのまえがき冒頭部分によれば、

〜「ビッグヒルズ」は、飯能市の南部の丘陵地で、住宅・都市整備公団が施工するまちづくりの総称で、現在「飯能南台」「飯能大河原」両地区の事業が進められており、「飯能南台第2」地区が事業化に向け準備中である。先行する「飯能南台」地区は、昭和57年に事業に着手し、平成元年春「美杉台」の名称でまちびらきを行ない、現在まで約1,500人の居住者を迎えている。〜

だそう。平成元年(1989年)にまちびらきだから、今年で32年目である。昭和の価値観で計画された、市街地から離れた山の上のニュータウン。全国で少子高齢化が進むいま、ニュータウンの老朽化・過疎化は特に珍しくないニュースだ。ここもさぞかし…と思われるだろう。

ところが、上述の冊子(1992年発行)によれば当時約1,500人だった美杉台の住人は、2020年には7,066人に増えた(飯能市の統計資料より)。また、この市の資料によれば直近10年間で人口が毎年増え続けているのは、なんと美杉台地区だけである。

「ビッグヒルズ」なんて、大上段に構えた昭和的キャッチフレーズで計画されたニュータウンが生まれて32年経った今、ここでなにが起きているのか。計画当初の資料を紐解きながら、現在の美杉台の姿をレポートして、ぼくなりの答え合わせをしてみたいと思う。

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記事を書いた人:
川鍋 友宏

Bookmark利用者から、本業のIT知識を請われ運営側(プロボノ)へ。しかしなぜかアウトドア事業を担当することに。二児の父、美杉台在住。

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